お家供養ビールパーティ🍺と実家仕舞

ちかごろ、ビールのブログしか書いていませんね。それもそのはず、在宅のWebの仕事がほとんど無く、フィリピン給与ベースの劣悪勤務条件でオンライン英会話講師をしながら、とりあえずぎりぎり喰う分だけ稼いでいる今日このごろ。新年からハケン社員に返り咲くこととなりました(それもいつまで続くやら)。

そんなことはともかく、空き家となっていた実家をついに建て替えることに!生まれ育った家がなくなるのは寂しすぎるので、最後に大勢ヒトをお招きしてビールパーティを行うことにしました。そのきっかけは、関東在住の友人をビールBBQに誘い、たった一人で淋しい空き家に泊まらせたことw 友人には怖い思いをさせてしまいましたが、きょうだいや親戚も巻き込んで、大変楽しい会となりました。きっかけをくださったヒトビト、ほんとにアリガトウ!

記事内写真 ©さおりん ©くのうし

そもそもの始まり

そもそものきっかけは、県外在住の友人を、いつも筆者が参加しているビールBBQの会に誘ったことでした。バーベキューに参加するなら、アタシの実家に泊まればいいよ、アタシは泊まらないけどね、そして決してキレイなお家ではないよ、それでもよければと、劣悪条件を示しつつ、やってきた彼女、家に足を踏み入れるなり、筆者の想定以上のドン引きぶり。筆者は長年見てきたので気にしてなかったのですが、そもそも色々おかしいのですよ、実家のあれこれが。食卓の上に吊り下がっている蛍光灯は蛍光管が剥き出しだし、なぜか天井にも蛍光灯があるけれど、それも蛍光管が剥き出しだし、天井は薄汚れているし、床はところどころたわんでベコベコになっているし、壁のあちこちに謎の金具や取っ手、手すりがついているし、一階にトイレが2つあるし、一階と二階の間に謎の収納があるし、台所は昨今のシステムキッチンとは程遠い謎の造りだし(とはいえ、「暮しの手帖」で紹介されていた、当時としては最新式のステンレスの一枚板を用いたオーダーメイドキッチン)。

蛍光管が剥き出しの蛍光灯。天井にも蛍光灯がw
1階の廊下の両端にトイレが有る。一つは、内装も配管も便器設置もすべて父によるもの。
1階と2階の間には、広大な収納が。増築時に鉄骨の長さを間違えたために生まれた空間だそうな。

なによりも、一人で過ごすには広すぎる一軒家。いちおう、きょうだいが帰ってきた時に使う、比較的きれいな部屋は二階にあって、そこで寝起きしてもらったのだけど、他の部屋は家具が撤去されてガラーンとしており、そこで一人きりで過ごしたので、怖い印象が強かったようです。そんな恐怖体験をビールBBQの時に彼女が話していると、それを聞きつけた主催者の方が「そこで飲み会できるんじゃない?」とご提案を。確かに。汚れを気にしなくていいし、家具を撤去し尽くしてスペースはありありなので、25人くらいなら入りそう。ただ、筆者の呼びかけでヒトが集まってくれるかが心配だったので、まずはビール仲間の女子二人と、アイデアをくださったビールBBQ主催者の方、そして呑兵衛の元同僚の予定を聞いて、筆者を含めて5名の参加を確定させてから、果たして樽生ビールを買うにはどれほどヒトを集めればいいのかを考えました。

さあ準備だ!

いつものビールBBQでは、バーベキューセットにビールとビアサーバーが付いてきて、独自ルートで別途購入したクラフトビールをそのサーバーに繋いでいます。実家にも庭があるのでBBQは出来なくはないのですが、いつもの会場のように広いわけではないので、参加者の方に程よい導線を提供するのが難しそう。同じ業者さんからサーバーだけ借りることは出来ません。ビールBBQ主催者の方に相談すると、筆者が以前ボランティアでお手伝いしたことのあるベルギービール専門店の社長さんに相談してはどうかとアドバイスをいただきました。業務で使う大切なサーバーをそんなにやすやすと貸していただけるのだろうか、と恐れおののきながら問い合わせをすると、なんと二つ返事でご快諾いただきました\(^O^)/いつもボランティアをしていて、サーバーの構造はよくわかっているだろうから、普通は貸し出ししないけど、とくべつ!とおっしゃってくださって!そしてサーバー一式の貸し出しに加え、ベルギービールの樽の仕入れをしていただけることに。樽の在庫はあまりお持ちではなかったので、わざわざ他社から仕入れてくださいました。

樽は20Lの物が多いので、一人当たり2L強と換算として、20人以上集めれば二樽は買えます。皆さんの参加費3000~5000円と考えていたので、ちょっとお高いベルギービールでもなんとかなりそうでした。社長さんのお勧めの中から、ピルスナータイプのものと、ちょっと個性の強いダークエールを選んで、仕入れ準備は完了!フードはそれぞれの持ち寄りにしていただきました。

ビールBBQグループへの投稿、及び10月のギフのビール祭で会った仲間へ直接声かけで手っ取り早くヒトを集めた他、1年前にビール工場見学の打ち上げで一度会ったきりのノリの良いおねえさま方、この夏長野のバイト先で知り合ったばかりのピチピチ女子大生(最近の若者にしては珍しくビールをグイグイ飲んでいたので)、及び筆者の友人、兄と姉、叔父叔母一家にも声をかけ、さまざまな方に参加表明をいただき、23名での開催に漕ぎ着けました!

実家の建物は、昭和29年に基礎となる平屋部分を新築し、幾度かの増築を経て、魔窟のような造りになっていき、建物の歴史を振り返ってみると非常に感慨深いものがあります。せっかくなので、参加者の皆さんにもそれらの情報を共有して楽しんでもらおうと思い、家の中各所にそれぞれの部屋にまつわるエピソードを張り出しておくことに。その準備をしている際、この情報をくまなく読めば間違いなく正解できるクイズに答えてもらうのはどうだろう、と思い付きました。さらにはビールを景品にすれば、お家を探検せざるを得なくなる!と考え、仕入れた樽を引き取りに行った際、瓶のベルギービールもしこたま買い足しました。結果的に、参加費を千円札のみで支払ってもらえるように経費を嵩増しできましたw

一番大きい部屋は「十畳の部屋」と呼ばれていました
増築した2階にある一番広い部屋。よくここで宴が催されました。今回あまりヒトは来ませんでいたが、日当たりが良くて気持ちの良いお部屋です。
主に寝室として使われていた1階の部屋の説明

ビールパーティ当日

サーバーの扱いは、機器一式受け取りに行った際にレクチャーしていただきましたが、筆者よりもボランティア経験が豊富なビールBBQ主催者の方に早めに来ていただくことに。セッティングはほとんどおまかせしてしまいました。

受付は呑兵衛の元同僚にお願いし、さあ準備万端、となったところ、開始時刻よりかなり早めに続々とヒトビトが到着w あっちゅーまにほぼ全員揃い、めいめいにビールを楽しんでいただきました!

2つサーバーがあれば、同時に2種類楽しめますね(#^_^ #)
参加者の大半がビール教徒なので、さしずめここは神棚
両親の遺影を飾ってあった机が神棚になったので、彼らには上の棚に移動してもらいました

用意したビールは「ストゥルブ・グレーテストピルス」と「グーデン・カロルス・クラシック」。

クラフトビールが苦手な方もいるので、普段飲んでいるピルスナータイプでありつつ、ベルギービールらしい旨味も感じられるものとして、前者をお勧めいただきました。もう一種類は、ベルギービールらしい個性がありつつも、誰が飲んでも美味しいと感じられそうなものとして、最初は「ポぺリンフス・ホメルビール」をお勧めいただきましたが、樽の在庫がなかったため、「グーデン・カロルス・クラシック」を代わりに仕入れていただきました。濃厚で甘みもあり、ワインのようなふくよかさがあるハイアルコールのダークエールです!

どちらもとても美味しかった!先にピルスナーを打ち抜き、おやつの時間も過ぎた頃に、ちょうどよく、ダークエールも無くなりました!ひゃっほう!

しかし、まだまだ飲み物はあります。筆者の兄は日本酒好きで、ちかごろは蔵巡りなどもしている模様。秘蔵日本酒のいくつかを参加者の方々に振る舞ってくれていました。また、BBQ主催者の方が国産缶ビールを密かに冷蔵庫で冷やしておいてくださったので、飲み足りない方々はまだまだ飲み続けます!

皆さんの持ち寄りフードも素晴らしかったです。キッチン使えるよね!と言って唐揚げを大量に仕込んできてくれた方、揚げ油があるなら、と途中で買い出しに行って冷凍フライドポテトを買ってきてくれた方、手作りやデリのお惣菜、お菓子やおつまみ、明宝ハムと明方ハムの食べ比べ、大量のカットフルーツ、お腹にしっかり溜まるお稲荷さんなどもありました。おつまみのお菓子一式を小さい袋にまとめ、参加者一人ひとりに配ってくれた方もいました。

鍋ごと持ち込んで振る舞いまくる叔母
サーバーは大量の氷でしっかり冷やします!

叔母は鍋ごとお料理を持ち込んで、紙コップに取り分けてみんなに配りまくってくれたどころか、畑の収穫物まで皆さんに配布しまくり。筆者はカナダ仕込のカリフォルニアロールと、若い頃のバイト先仕込のレギュラーコーヒーを淹れました。

一人で参加している友人もいたので、ボッチにならないか心配だったのですが、仲間内で交流が固定してしまうこともなく、それぞれが楽しくおしゃべりして過ごしてくれたようです。兄や姉もそこそこ楽しそうに過ごしていましたし、いとこたちも社交的なので、親族のみならず色んな人との交流を楽しんでいたようでした。唯一、10歳のピュアな従兄弟姪が、酔っぱらいのノリに心から恐怖を感じてべそをかいていたのが気の毒でした(^_^;)

肝心のクイズですが、みなさんきちんと家の中と外を探検しまくって、ほぼ全員が正解してくれました(想定内)。我々きょうだいがこどものころ通っていた絵画教室の先生の名前を答える問題もありましたが、先生の作品が会場内に飾ってあったので、これも画像検索でばっちり。景品ビールは10本しか用意がなかったので、じゃんけん+くじ引きで優先順位を確定し、若い数字を引いたヒトからお好きなビールを選んでいただきました。

廃屋クイズは大盛況

さて、皆さんの飲酒量はなかなかのものでしたが、ぐでんぐでんになりながらも、サーバーの洗浄や台所の片付までしっかりやってくださっていました(しかし、本人たちにその確かな記憶はない)。叔母などは一部のゴミを持って帰ってくれたそうで(おそらく、従姉妹の済む地域ではゴミ袋代が無料なので)。

酔っ払いご本人たちのSNS投稿を見ると、最寄りではない駅で降りてしまったり、ドコにも立ち寄っていないはずなのに自宅に着いたら何故か日付が変わっていたり(会場を出たのは遅くても18時前後だったはず)、記憶の失い方がえげつなさ過ぎ…(^_^;)

残存物たたき売り(小物編)

父の蔵書やCDなど
要らない食器も持ち帰ってもらうべく陳列。大きい絵皿は絵画教室の先生の作品。

ところで、会場には父の蔵書やCDなどを飾っていました。蔵書の大半は買取業者に送付済みだったのですが、最後に送る分がまだいくらか残っていて、せっかくだから気になるものを皆さんに持って帰っていただこうと思い、一旦箱に収めてあったものをわざわざ並べ直したのです。

意外にも多くの方が興味をもってくださったため、買取業者に送る際は想定の3分の2ほどに減っていました。

また、特に引取アピールもしていない、倉庫や家の各所に残っていた家具や品物に興味を示した方も幾人か。兄が使っていた天体望遠鏡を目ざとく見つけ、兄から直接使い方レクチャーを受け、後日引取していただくことに。

家中の棚という棚は父の手作り。父の写真と景品ビールで華やかに飾りました(#^_^ #)

残存物たたき売り(大物編)

ところで、実家に泊まった友人が、唯一「快適」と太鼓判を押したのが、トイレ。2つあるトイレのウチ、一つは以前和式トイレがあったところをリフォームして洋式トイレにしていました。父が自分で設置した洋式トイレは、寝室からは近かったのですが、居間から離れていて、体が不自由になりつつあった父にとってはたどり着くのが困難だったからです。ところが、設置完了して3ヶ月も経ないうちに、父は急病に罹り、自宅で暮らせなくなってしまいました。なのでその後は月にほんの数回使われるか使われないかといった使用頻度だったので、ほぼ新品同様だったのです。

父のためにリフォームした新品同様のトイレ
劇的ビフォーアフター(゚д゚)!
一枚板のステンレス流し。水道の蛇口なども必要なヒトに貰われていきました

このままお家とともにゴミにしてしまうのはもったいなさすぎるので、新築家屋で流用しようとしたのですが、手間がかかる割にはほとんど費用を抑えることにもならないため、泣く泣く諦め、どなたか入り用な方に使ってもらおうと思ってジモティに出品したところ、受け答えのしっかりした方から連絡をいただき、ある程度の額でお譲りすることに。

トイレ内の手すりや手洗い器など、すべて取り外して持っていかれました。更にはその他の水道設備も利用できるからと、もう一つのトイレの給水金具や、風呂と台所の蛇口まで一つ残らず外していかれました。

トイレに設置した手すり。父の希望に沿って合計5本設置。一本一本が意外とお高い。

この方とは別の方が、パーティの日以前にジモティに出品していた不用品を引き取りに一度来ていて、階段の手すりもご希望されていたのですが、兄が2階に上がる時に手すりを使っていたので、パーティ後に兄が実家から去るまで待っていただいて、トイレの引き渡しと同じ日に再度お越しいただきました。

階段の手すり。本格的に体が動かなくなる前に父自身が設置。壁に補強板を貼ってしっかりと施工してある。
トイレの吊り引き戸
寝室の吊り引き戸
引き戸が無に(゚д゚)!
引き戸が無に(゚д゚)!

すると、トイレリフォーム時に設置した、これも新品同様の吊り引き戸をご自身のリフォーム中の家屋で利用できるかもしれないとおっしゃったので、これも差し上げることに。これで、父のためのリフォームで設置したもろもろの品が、ほぼ余す所なく、次の活躍場所へ旅立っていきました。

そして、同じ日の午後、従兄弟がやってきました。保管しておく家財の運び出しに来てくれたのですが、家屋内外の手すりという手すりや、玄関の靴脱台などを目ざとく見つけて引取を希望。もちろん持っていってもらいました。これで、リフォームで設置した高価な手すりたちは、すべて、ゴミとなることもなく、ヒトビトの役に立つために旅立っていきましたとさ(人´∀`).☆.。.:*・゚

屋外に取り付けた高価な手すりも、従兄弟に貰われていきました

さらには、ビールパーティに参加していたウチのおひと方が、我が家の不用品のあれこれをほしいとおっしゃって、後日、トラックをレンタルして再訪され、当初から予定していた3メートル長のアルミの梯子や工具のみならず、家の中に残っていたありとあらゆる手すりや金具、果ては庭の枇杷の木の葉まで所望され、いろいろ満載して意気揚々と帰っていかれました。

3Mの長梯子。買うと結構高いので、そのまま捨てるには惜しく、貰い手を探していた。
傘立て。新居で使おうと思っていたが、ご所望されたので差し上げることに。
父に頼まれて筆者が取り付けた手すり

最後の最後は、絨毯の回収です。解体業者さんは絨毯もそのままで良いとおっしゃってくださったのですが、以前、大量の毛布を引き取ってくださった方が業務に古絨毯を活用されることがわかっていたので、再度お越しいただいて引き取っていただくことに。みんなでパーティを楽しんだ部屋は床が露わになって、ほんとにほんと、すっからかんのお家になりました。最後の最後まで、みなさんのお役に立てるものを放出し続けた健気なおうちでした(人´∀`).☆.。.:*・゚

2階の部屋に敷いてあった絨毯
神棚部屋もこの通り、父が張った床が露わに。
パーティの時に食物を置いていた部屋。タイルカーペットを引っ剥がして、昭和っぽいタイル床が露わに。

いよいよ家屋解体

パーティの10日後から、解体作業が始まりました。まずは玄関前の生け垣と駐車場、物置小屋が撤去された状態の写真が工務店の方から送られてきました。駐車場のあったところには廃棄物運搬用のトラックが入れられています。なんだかじわじわと胸が締め付けられます(;´Д`)

業者の方には屋根瓦の一部を取り置きするようお願いしておいたので、翌日取りに行くと、家の建具などが徐々に取り払われており、びわの木の枝がすべて切り落とされていました。

数日後に兄が見に行ったときには壁が2面残っているのみで、家屋の原型をとどめていなかったそうです。

その数日後、もう何も残っていないだろうなと思って行くと、案の定、解体作業はほぼ終わっており、父自身が手すりを取り付けた状態の不格好な扉が、切り倒さずに残す予定の柿の木に立てかけられた状態で残っていました。この扉も程なくコンテナに積み込まれ、全くの更地となってしまいました。しみじみ淋しいです…(;´Д`)

実家仕舞の終結

実家仕舞自体は、母が亡くなった頃から徐々に始めていて、父が自宅内をスムーズに動けるように不要な家具はことごとく処分済みでした。

取り掛かり初めの頃は、本棚や押し入れの前に相当量のモノが溢れかえり、収納そのものにアクセスできない状態でした。毛布・布団の類は最も初期の段階で手を付けていて、その頃に絨毯の引取をしてくれる方ともお会いしています。

まだ使えるきれいな家具や不要な家電はジモティやメルカリで売却し、日用品はリサイクルショップに持ち込んで撤去してあったため、ビールパーティを開催した頃には家屋内はがらんがらんになっており、解体業者に追加で処分費用を払う必要はありませんでした。

5年かけてようやく終結した実家仕舞でしたΩ\ζ°)